人事労務2023/02/13

賃上げと現在から見るハーズバーグの2要因理論

論点

企業に対する賃上げが求められ、徐々に取り組みが広がっている。素晴らしいことではあるが、それだけでは社員のモチベーションを上げる効果としては弱い。それはハーズバーグの2要因理論から導き出される。企業にとって容易ではない賃上げの効果を最大化するために、動機づけ要因、社員のモチベーションの向上に結びつく取り組みを行うことが重要である。有能な人材を確保し、競争力を高めるために動機付け要因がますます重要となる。

賃上げのニュース

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少し前、ユニクロを展開するファーストリテイリング社が最大4割の賃上げを行うと発表があり、巷を騒がせました。

過去20年を振り返り、完全なグローバル企業となって、停滞する日本経済を尻目に世界へと拡大成長を続けてきたことに驚嘆させられます。 過去にも、非正規社員における待遇格差の問題が国内でクローズアップされたときにも、真っ先に希望者の正社員化を進め、グローバルな流れや働く人への還元を行ってきたことを考えれば、率先して新しい取り組みを遂行する組織のアジリティの高さはいまだ健在のように見えます。

このようなメジャーな企業の賃上げの取り組みは波及効果もあり、他の大手企業も刺激され始めています。ファーストリテイリング社は賃上げの本来の目的は、グローバル企業として世界基準の賃金設定を行うことで、優秀な人材獲得競争力を高めることにあると公言しています。この裏には、世界的な苛烈な競争が背景にあり、企業の存亡はいつもすぐ背後にあると認識させられます。そして、この不透明な環境を打破していくには、とにもかくにも優れた人材を確保することが鍵となることを示しています。

賃上げがもたらすさまざまな経済的波及効果について述べられるともに、賃上げは社員のモチベーションアップにつながるなど、組織人材論的な視点からもその効果が期待されています。しかし組織人材の有名な理論によれば、残念ながら効果は限定的と考えることが言えそうです。

ハーズバークの2要因理論

ここでは2要因理論というものを説明させて頂きます。 2要因理論はフレデリック・ハーズバーグというアメリカの臨床心理学者よって19世紀に提唱されたもので、簡単に言えば、低ければその動機が低下するが、上げてもそれほど動機は高まらない衛生要因というものと、なくても不満にはつながらないが、あればあるほど動機が向上する動機付け要因の2種類のものにより、人間のモチベーションは変化するという研究理論です。

前者は、賃金や休日など、いわゆる労働条件にあたるもので、後者は仕事のやりがいや達成感などがあたります。

この理論から言えば、賃上げは前者にあたり、社員の不満を解消し、離職を防ぐ手だてとなる可能性がありますが、モチベーションの向上までは至らないということが言えます。 しかし、不満の解消も賃上げの幅によってはそれほど効果がなく、他社が同じように賃上げしていれば、効果は打ち消されしまいます。よって賃上げが難しい企業にとっては、労多くて功少なしということも考えられます。

賃金を上げてもらえば意欲も上がるという方もいらっしゃると思います。しかしこの前賃金が上がったのがいつで、その上がった時の意欲のまま仕事ができているか振り返ってみれば、それは難しいと誰もが感じると思います。感謝を長きに渡り維持できることはすばらしいことですが、容易ではありません。なぜなら人間は慣れ、当たり前と感じてしまうからです。

さらにその上がり方が、数10%も上がればうれしいものですが、数%程度ではうれしいですが、モチベーションを高めるに至るかは疑問です。(個人差がありますが) 多くの企業が、賃上げを2-5%程度と答えているところを見るとその効果は賃上げだけでは限定的と考えられます。

ただ当然この物価高騰の時代、社員の生活を守る賃上げは素晴らしいことです。実施に踏み切る企業が増えればこれほどうれしいことはありません。そして衛生要因をある程度確保しておかなければ、動機づけ要因の効果も半減してしまうため、はじめの取り組みとして有効と言えます。

社員の仕事への意欲を引き出すには

それでは、社員のモチベーションアップに効果があるものはなんでしょうか。これは世代でも大きく変化してくるため簡単ではありませんが、ハーズバーグはこう言っています。

仕事に不満があるときは、その仕事の環境に労働者の注意が向いており、仕事に満足しているときにはその仕事自体に注意が向いている。

これは、例えば会社に行くのが嫌だなというとき、上司や職場の環境、評価の低さ、待遇の悪さなどが起因しており、仕事に対する動機が高かったとしてもそれに集中できないというようなケースなどが考えられます。ようするに「やってられない」と感じることが多くなるということです。そしてこの状態が悪化すれば、離職ということにつながりやすくなります。

そのため一般的に経営者は、やってられないと感じる状態を、解消し、労働者が仕事の環境に注意を向けない取り組みを行います。いわゆる働きやすい環境の構築です。賃上げ、休暇取得のやりやすさ、早く帰れる、叱責はしない。いわゆる最近よく言われる「ゆるい職場」です。 しかしこのような職場環境がよく、待遇や評価に不満がない場合、それほど動機がない仕事でも離職を減らすことができますが、モチベーションの向上にはつながりません。

そして昨今では、この「ぬるい職場」でさえ、離職の引き金となってきています。成長意欲の高い若年層世代では、大きな機会損失と捉えているのです。

仕事が厳しく、しかも辞めるに辞められない世代から考えれば、なんとまあという意見しかでないかもしれませんが、将来の保証がなく、転職がやりやすく、物質的にも満たされ、意味が重要という価値観が大きく変化した世代にとっては、ぬるさの後は、恐ろしいことが待っていると感覚的に理解しているのかもしれません。

2要因理論と現在の環境からの考察

上の図は、衛生要因と動機づけ要因の図ですが、この組み合わせで、動機づけにおいて企業の立ち位置を知ることができます。 当然ながら、両方が満たされることが理想ですが、容易ではありません。 企業を取り巻く環境や業績、業種、規模などによって取りうる立場が限定されてしまうことがあるからです。

特に福祉的な分野や、エッセンシャルワーカーなど社会の下支えをしてもらっている企業などにおいては、公共的な分野でもあり、賃金などが低くなってしまうこともあります。昨今国内でも、保育士の給与の低さの問題が議論され、世界的にもエッセンシャルワーカーの待遇の低さが問題となっています。 これは2要因理論の外の論点とも考えられますが、図の左の象限に属する社会的貢献性が高い企業に賃上げの支援を行う必要性があると認められます。

動機付け要因をもたらす方法

それでは、社員のモチベーションを本質的に高めるにはどうすればよいのでしょうか。 今後より細分化多様化する価値観の中では、これをすれば確実ということがなくなっていくと私たちは考えています。 しかし、人間は、これからも人間であり続けるとすれば、その本質は大きく変化しないと考えています。 いわゆる人間らしさ、人間性というものが簡単に変化しないということです。 人間である限り、変わらないものがあります。その上で、歴史的に人間は進化を続け、世界的には解決されてはいませんが、物質的には大いなる繁栄を遂げました。しかし、精神的には、まだまだ解決が遠いと感じられます。この豊かな日本でも心豊かに安らかに生きていくことはまだまだ容易ではありません。

物質的な豊かさが進み、楽しいこともお金で買えるようになった今、それらも飽和し、満足されなくなってきています。それらに満足しない人が、より一層の精神的な充足を求めるようになっています。精神的な充足の内容は人それぞれですが、主に利他的な行動に示されます。環境保全、社会的弱者のサポート、人間として正しいと考えられる取り組みなどが挙げられます。

GAFAなど大手ITの大量解雇が始まっていますが、今、環境保護を目的としたグリーンテックなど、世界的な課題解決の解消に自分の力を使いたいと考える人材が増えています。 課題解決ビジネスは、利潤を最優先とはしないことが多く、おそらく待遇などは大幅に減少するかもしれません。それよりも意味のあることがしたいという精神的充足を求める人が増えているということです。 その一方、物質的な繁栄の傍にある精神的飢餓が進んでいます。

今後は、世界を俯瞰的に見れる人ほど、このような取り組みへ移行していくと私たちは考えています。

ハーズバーグの理論から見える未来

仕事への高い動機があればそれに没頭することができるということです。そしてそれは精神的充足感を高めます。没頭して仕事をすることが、更なる改善意欲を生み、創造性と生産性を高めることは容易に想像できるでしょう。これが仕事に注意が向いている状態ということです。 そして自己効用感を高め、精神的に満たされます。これは自信となり、成長意欲を高め、仕事のみならず、多くの場面でプラスの効果を生みだします。

その一方、仕事に情熱を見出せず、働く喜びを見出すことが難しい人もまた増加していくと考えています。残念ながら動機づけを受けても、取り組める人とそうでない人は必ずいるからです。また勤務する企業や組織の影響もあります。扱いやすい人材として取り込まれ、仕事がもたらす副次的な側面である、成長ややりがい、利他性、よろこびなどを知らずに年を重ねてしまう恐れもあります。そして、ある時を境に自分の力で生きていってくださいと放り出される可能性もあります。

人材の2極化、格差の拡大が懸念されます。そのため学生の頃から、仕事や会社を選ぶ重要性を啓蒙することが重要となります。 そして有能な人材は、衛生要因と動機づけ要因を高いレベルで両立できる企業へと進むことになり、企業の人的競争力も2極化する可能性がある。規模にとらわれない選択も増えるため、ベンチャーや小規模企業でも、有能な人材を確保できる可能性が高まると、私たちは考えています。

困難だが実現している企業は存在する

これまで述べたように、社員が力を最大限発揮するには、不満要因の解決と仕事への高い動機がセットになることが必須です。 賃上げは不満要素の解決にはつながりますが、本質的には仕事の動機となることは難しいということです。ただ離職防止や、一過性の人材獲得の起爆剤とすることは可能です。

賃上げだけでも難しいのに、そんな夢物語は実現不可能だと考えられる方も多いかもしれません。しかし、日本にも、物心両面で、社員が豊かに働いている企業は数多く存在しています。 もちろん完璧ではないかもしれません。しかし、その実現に向かい弛まない努力を続けるそれらの企業は、高い競争力と関わる人々の幸福を実現しています。

ハーズバーグの理論がこれほどはっきりと証明される時代になってきました。